皆様こんにちは!!
スモッティー尼崎店です☆☆
今回のコラムでは、尼崎のだんじり祭りについてご紹介いたします!!
尼崎の夏の風物詩ですね~
「尼のきふねさん」で親しまれている貴布禰神社の夏の大祭で約300年前から続く尼崎のお祭りです。
祭りは2日間行われます!!
8月1日(木)は20時から宮入が行われ、境内に辰己太皷とだんじり8基がそろいます。
2日(金)の18時からは神社西側道路に集まり、「山合わせ」が行われる。
「山合わせ」とは尼崎独特のもので、2台の地車が向かい合って前の部分を上げながらぶつかり合い
うまく肩背棒といわれる棒を先方の地車にのせることができれば勝負ありという演技で
日本全国の地車ファンから問い合わせがあるほど。
約2時間にわたって熱戦が繰り広げられます。
貴布禰神社の夏祭りの起こりは平安時代にさかのぼると言われており、当時から貴布禰神社の氏地は
多くの船が出入りする港があり、漁師や市場関係者や商工業者が多く住む「都市」であった。
その時代において、都市の人々が最も恐れたのは疫病の流行だった。
そのため、1年で一番気温が高く、病気にかかりやすく、食べ物も腐りやすいこの時期に
疫病退散を祈願して祭りが執り行われている。
貴布禰神社のお渡りは江戸時代の元禄期から特に賑やかなものになったようで
氏地に川が多いため、神輿を船にのせる「川渡御」も行われていた。
そのコースは、神社を出て尼崎城の南側を通って辰己町まで行き
そこから船に乗って川づたいに沿岸部を巡り、再び神社へ戻る。
各町がこぞって参加したお渡りは尼崎一番の盛り上がりを見せたそうです。
そのお渡りの列にだんじりが加わったのは、古い記録によれば1700年代の初頭。
これは大阪天満宮の天神祭や岸和田とほぼ同じ時期であり
大阪湾沿岸部の各地での流行が取り入れられたものだろうと言われています。
貴布禰神社の夏祭り=だんじりのぶつかり合いというイメージは、ここ40年ほどのものだそうです。
他都市の祭りと比べた場合、神事に近いお渡りが行われなくなり
そもそもはお渡りを盛り上げるために始まっただんじりだけが独特の形態で残っているというのはなかなか興味深いです。
これについては、だんじりの曳行および維持・管理などを含めても、お渡りよりも資金や人手が比較的少なくて済み
地区ごとの裁量でなんとかなることや、自分たちの町のシンボルとして思いを込めやすいという理由もあったのかもし
れない。
屋台も80店舗ほど出ますので、お子さんもわいわい楽しんで頂けます!!
人が集中してしまい、危ないので、会場では走らないように気をつけてください~
今回のコラムはいかがでしたか?
また色んな情報を発信していきますね☆☆